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時空 解 さんの日記

 
2016
5月 15
(日)
10:09
「異端の数ゼロ」チャールズ・サイフェ 著、林 大 訳 を読んで。 1/2
本文
みなさん、こんにちは。
今日は「異端の数ゼロ」と言う書籍に付いて書いてみます。数字のゼロに付いての伝記です。
紀元前の時代から中世にかけて、宗教と数学は切っても切り離せない関係にありました。なぜならば修道院に勤めている人の中に数学を使って政の日時の計算や占星術のための計算をする人たちがいたからです。そのせいで西洋世界はゼロと無限大を受け入れられない状態がつつきました。しかし東洋世界ではヒンドゥー教の思想があったせいでゼロと無限が受け入れられて成長します。そんな西洋と東洋の違いを明確な形で、この「異端の数ゼロ」はお話を進めています。
以下、この書籍の前半部分の流れを下記に書いてみます。西洋世界がゼロと無限を受け入れるまでのお話です。数学がキリスト教から離れて純粋に学問として扱われるようになる直前までのお話しです。
 
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「異端の数ゼロ」は紀元前500年頃のピュタゴラスの時代から話を始めています。この頃に宇宙の創造主としての神の概念が生まれました。ピュタゴラスは有理数を愛し、無理数を嫌い、そしてゼロを排除しました。その思想から、宇宙は定常で(最初もなく終わりもない)有限なものとして想い描かれ、創造主が必要となり、神が想定されました。バビロニア(現在のトルコ)では紀元前に、既に位取り法としてのゼロが扱われていました。この事はピュタゴラスも知っていたようなのですが、彼は有理数(分数)の美しさ(1/0とすると分数は破たんする)を守るためにゼロを拒んだのです。
この思想はアリストテレスが引き継ぎ、発展され、世に知れ渡ります。その結果、西洋世界ではゼロと無限と言う概念が否定され、以後700年以上にわたってこれらが排除される思想が続いてしまう事になります。”ゼノンのパラドックス” や ”アルキメデスの求積法” など、あと一歩で無限とゼロの概念が導かれる機会もあったのですが、ピュタゴラス数学と神の概念が固く結びついていたために、ゼロと無限を受け入れる事はすなわち神への冒涜と見なされ、西洋世界の人々は無意識のうちにゼロと無限を排除してしまっていました。そんな時代だったのですね。
その700年の間、例えばこんな問題もありました。暦の問題です。キリスト教の成立とともに修道士たちが復活祭などの日付の計算をする事になります。太陽暦や太陰暦、それにローマの町が築かれた日を基準といる暦などがいりまじる当時の日時計算は複雑だったようです。そんななか、西洋世界に流通する暦にはゼロがありませんでした。例えば西暦も西暦ゼロ年からではなく、西暦1年から始められていました。そうするとどんな事が起きるか?西暦10年に20歳の人は、紀元前11年に生まれた、という変な事になります。現在のゼロから始まる西暦で計算すれば当然、西暦10年に20歳の人は紀元前10年に生まれている計算になります。中世時代はゼロが無かったために1年ズレてしまうんですね。当時もこのズレには気が付いていたようですが、どうしてもピュタゴラス→アリストテレスの思想から抜け出す事ができなかったと言う事です。コペルニクスが1543年に「天体の回転について」と言う本を出してもなお、コペルニクスの思想そのものを排除する運動がカトリック教会で起こり、活発化します。1530年代に創設されたイエスズ会(アリストテレス思想)もこの排除活動に大きくかかわります。ドミニコ会の修道士だったジョルダーノ・ブルーノは書籍「無限、宇宙および諸世界について」を出版したために、このイエスズ会の手によって火あぶりの刑に処されてしまいました。また同じようにドミニコ会修道士だった有名なガリレオ・ガリレイは科学的研究を止めるよう教会から命じられています。
アリストテレスの呪縛から西洋世界が解き放されるためには、デカルト(1596年生)とパスカル(1623年生)を待たなければなりませんでした。しかしイエスズ会出身のデカルトは相当、無を受け入れるために苦労をしているようです。当時 ”トリチェリの真空” と呼ばれる無の空間(実は水銀が蒸気化した空間)を見せつけられても神の教義が拭い去れなかったそうです。しかしパスカルの方は反イエスズ会派(ヤンセン主義)のカトリック教徒だったために ”トリチェリの真空” を科学的に受け止める事に弾圧は受けなかったようです。このような時代背景にてパスカルは無を研究し、お金儲けとしての確率論を創始します。神が存在する方にかける確率的な価値を考えます。ここで初めて、神やアリストテレスの思想から解き放たれて純粋に数学を行える下地ができあがるのです。
西洋世界がゼロ(無)を受け入れなれない間、しかし東洋世界ではゼロを受け入れていました。紀元前4世紀にアレクサンドロス大王がペルシア軍を率いてバビロニアからインドに進軍しました。その時にインドの数学者たちがバビロニアの数体系について、そしてゼロについて初めて知ったのです。ヒンドゥー教に基づいて生活していたインドの人々はゼロを受け入れる事ができました。それだけにとどまらずバビロニアの六十進法を十進法に変えて使い始めます。7世紀頃にはブラフマグプタと言う数学者が現れ、負数を取り扱って始めます。またイスラムも7世紀頃にインドからゼロを取り入れ独自に発展させています。イスラム圏のバグダッドにいたモハメド・イブンムサ・アルフワリズミはインドの記数法を取り入れて初歩的な方程式を解くすべに付いての論文を書きます。その時にアルゴリズムと言う単語が生まれたという話です。(アルフワリズミがなまったもの)その後インドは現代に近い記数法を9世紀頃には編み出し(いつ誰がどんな方法で、と言う事は解明されていないと言う事です)計算盤を使わずとも大きな数字の計算が出来るようになったという事です。この記数法(インド数字)を使う人をアルゴリストと呼び、計算盤 vs アルゴリストの計算速度競争が行われたそうです。そしてアルゴリストが勝つようになります。その後インド(イスラム圏)ではアリストテレス哲学のライバル思想、原子論を取れ入れます。ゼロを受け入れた彼らに取って無の空間は当然であり、その中を動くアトム(原子)は自然なものとなってゆきました。
イスラムが広がるにつれて、ゼロはイスラム教徒が支配する世界全体に浸透し、いたる所でアリストテレスの教義と衝突した。そしてアラブ世界全体に広がり、続いてユダヤ人にも広がっていった。せめぎあいは続きますが12世紀にスペインに住むユダヤ人マイモニデスは、セム的な東洋の聖書とヨーロッパに浸透していたギリシア的な西洋哲学を和解させる書物を書いています。この書物によって、ゼロを受け入れる事は神への冒涜だとされた考え方が少しずつ解消されてゆきます。また、11世紀から13世紀にかけての十字軍の時代にイスラムの思想が西洋世界に持ち帰られるようになります。アラブ人が発明した天体観測機アストロラーベにはアラビア数字が刻まれていて夜の正しい時間を知られる便利な道具である事を、西洋世界は体験します。そして1277年にパリの司教、エチエンヌ・タンピエがアリストテレスの多くの教義を禁止します。12世紀半ばにはアルフワリズミの論文がスペイン、イングランド、ヨーロッパのその他の地域に広まってゆきます。ゼロが西洋世界にも広がり始めていました。またイタリアにいたヒィボナッチと言う人物が書いた「算術の書」と言う書籍にもゼロを含めたアラビア数字がいかに便利かが掛かれていたためイタリアの商人や銀行家かすぐにこのアラビア数字体系に飛びついています。なにせ計算盤を使わずに複雑なお金の計算が出来るのですから。こうしてイタリアでアラビア式記数法が広まり、次第にヨーロッパ中に広がります。十五世紀にもなると、アリストテレス哲学は疑われ始めます。このあたりからやっと、デカルトとパスカル二人を受け入れる準備が西洋世界に整い始めます。しかしもうしばらくの間、キリスト教はアリストテレスの教義にしがみつきます。中世の時代、地球は宇宙の中心でなくてはならなかった、プトレマイオス(83年頃~168年頃)の言うように。1425年にブルネレスキはフィレンツェの有名な建物である礼拝堂を、消失点を利用して描きます。いわゆる遠近法の事ですが、この消失点は数学的には特異点と呼ばれる重要な点であり、のちにレオナルド・ダビンチもきの遠近法(透視画法)を完成させ、人類は二次元的な絵から三次元的な絵が描けるように進化します。また、ニコラウス・コペルニクスが1543年に「天体の回転について」と言う本を出します。そしてデカルト、パスカルが登場し、やっと純粋数学の時代を迎えるのです。東洋世界で育ったゼロは、こんな形で西洋世界にやっとの思いで迎えられました。
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さて、次回は西洋世界が純粋に数学と言う学問を進化させ始めるところからです。お楽しみに。
 
 
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